−第85回−
新型インフルエンザが国内で流行りだし、不気味な空気がながれています。日本は島国ですからこれまで他国よりも長い時間国内にウィルスが入ってくるのを止めていられましたが、こうなったら全国に広がるのは時間の問題のような気がします。自己管理・予防しか手はないのでしょう。日本がパニックにならないことを祈るしかないようです。
ところで4月後半から5月中旬まで、実は日本のダイビングナショナルチームがグランプリ大会出場のため、カナダ・アメリカ遠征をしました。ちょうどメキシコで新型インフルが出たニュースが伝わった2日後に日本を発つという日程でした。私の主人もコーチとして参加しましたが、日本で日々加熱する新型インフル報道を見ながら、遠征中のコーチ・選手たちの安全が気になってしかたありませんでした。とくにアメリカはフロリダでメキシコに近い場所。選手の親御さんたちはさぞかし心配したことでしょう。結局アメリカでは「弱毒性で心配なし」ということで大会開催になんら変更はありませんでした。日本でも、日本水泳連盟の幹部たちが会議をし、遠征をキャンセルして途中で帰国させるべきかどうかの議論をしたようです。
私たちの心配をよそに、選手たちはよくがんばってくれて表彰台に乗った選手もでました。いい経験になり、7月の世界水泳(ローマ)に向けての予行練習になったのではと思います。
選手団が帰国し、成田では機内検疫を無事通過して皆それぞれの家へと帰りました。しかしよく聞くと、横浜に帰ったある一選手は自治団体の要請で家族ともども1週間の自宅待機(出勤・通学の禁止)だったそうです。彼のお父さんは神奈川で教員をしていますから、万が一の感染の可能性からそういうことになったのでしょう。同じ立場のうちの主人は平気な顔で帰宅し、何も規制がないので翌日から普通に出勤していました。私は都内で教員をしていますが、何も規制されることなく普段と変わりなく出勤しています。地方自治団体によってこんなに扱いが違うなんて驚きです。空気感染するウィルスですから仕方ありませんね。
ウィルスというと今から21年前にこんなことがありました。今の若い子達はきっと知らないでしょう。1988年に開かれたソウルオリンピックはアメリカがボイコットしたモスクワ大会、ソ連がボイコットしたロス・アンゼルス大会の次に開かれた東西が顔を合わす記念すべき大会でした。
そこで当時「ゴッド オブ ダイバー」“神”と呼ばれたアメリカのグレッグ・ルガニス選手が順当に金メダルを獲得しましたが、同時に世界中に不安と動揺をあたえた出来事がありました。それは彼が当時HIVウィルスに感染していたことです。これはプライベートなことなのですがすでに公表しているのでここに書くことにしました。
普通に何も変わりなく試合が行われたら、彼のHIV感染は誰にも知られずにすんだかもしれなかったでしょう。しかし現実は驚きの事実を彼とわたしたちに突きつけたのでした。彼は3m飛板予選のときに頭を板にぶつけて出血してしまったのです。そのとき私は同じプールサイドにいて、主人は彼と一緒に試合をしている最中でした。少しの間試合が中断しましたがすぐに再開されました。グレッグは頭を切っており傷から血を流していましたからすぐに医療班のドクターが診察をしました。まだ試合の途中でしたから、棄権をするのか、処置をして試合を続行するのかを決めねばならず、結局彼は次の自分の順番までに傷を縫合してもらい、防水の強力なテープを貼って最後まで試合を続けました。そして結局は翌日の決勝で見事金メダルを獲得したのです。
彼のHIV感染について知っていたのは担当コーチだけで同じチームメイトも誰も知りませんでした。HIVウィルスはプールに入ったことくらいでは感染しないこと、ダイビングするのには問題ないとされて出場したようです。医師が縫合しているとき彼はしくしくと悲しげに泣いていましたがそれには理由がありました。医師が手術用の手袋をせず、素手で縫合していたからです。HIVは感染者の血液から感染することがあります。彼は自分の体の中にいるウィルスのことを医師に告げるべきだったのでしょうが、おそらくそれをすると世間に自分の感染のことを公表してしまうことになりますから彼はどうすべきかについて悩んだのだと思います。結局そのときはドクターには告げられなかったのです。
わたしはグレッグが怪我したときすぐ近くにいましたので、彼の血痕がポタポタと続いているのをこの目で見ました。そのときは「王者でもこんなアクシデントがあるんだ、神といわれた彼はやっぱり人間だったんだな。」くらいにしか思っていませんでした。
その後、彼は自分の病気を世間に告白し、傷の縫合をした医師はHIVに感染したかどうかの検査を受け、感染していなかったことがわかりました。グレッグは同性愛者で自分がHIV感染者だということを世界中に知られることになり、衝撃が走りました。エイズは1981年に見つかったばかりの新しい病気でしたから、正しい知識を持つ人たちが少なく、偏見の目で見る人も多かったに違いありません。
こういうダイビングの歴史上に残るようなアクシデントの一つの場に居合わせたことは私にとっても大きなショックでしたが、そんな中でもうれしいことを発見しました。このような大事件でもダイビング界の人達は「しかたないさ」くらいで笑い飛ばし、常に前へ前へと前進していることです。世界中のダイビングを愛する人々皆がお互いを支えあい、励ましあい、競い合っているこのダイビング界がますます発展することを願ってやみません。
−Profile−
金戸幸(かねとゆき) 旧姓:元渕
1968年12月23日、東京生まれ。
3歳よりバレエを始め、天理に越したのをきっかけに、9歳より飛び込みを始める。
主な成績
1995年 US国際大会で1M優勝。
ソウル・バルセロナ・アトランタ五輪に出場。
アトランタ五輪では、3M飛板飛込で6位入賞。
選手を退いたあと、翌年(1997年)結婚。
現在、1男2女の母。
金戸幸さんにお便りを出そう!
次回をお楽しみに!