|
『わたしは、がんばれる人間なのだ』
わたしがまだ小さかったころ、よく両親に言われた言葉がある。
「幸(ゆき・わたしの名前)、お前はがんばれる子どもなんだよ。神さまがいつもみていてくださっているから、さあがんばろうね」
父が天理教の教会生まれということもあり、わたしはいつも神さまを身近に感じながら生活をしていた。「神さまが見ていてくれる…」この言葉はわたしに安心感をくれた。
小学4年生から始めた飛込み競技だったが、徐々に難しい種目を飛ぶようになると練習が楽しくなくなった。父や母に「こわいんだよ、できないんだよ。失敗したら痛いんだよう。」と泣き言をよくいったのだが、そんなときに両親がわたしに言ってくれたのがこの言葉だった。
不思議なものでずっと言われ続けていると、自分でも「わたしはがんばれる子どもなんだ」と思い込むようになった。大人になってからはそれが信念に変わり「わたしはがんばれる人間なのだ」といろんな場面で力をくれた。
今、うちのクラブには小学生が増え、いつもプールサイドが賑やかである。私が小学生のころは「あまり厳しくして飛込みを辞めてしまわないように」という配慮があったのか、わりとチヤホヤされていたように思うが、今の時代の競技スポーツは小学生にも厳しく、普段の練習でポロリと涙を流す場面もよく見かける。とくに全国大会を目指している子どもたちは低学年の選手らと一緒になってワイワイ楽しく、というわけにはいかない。
新種目に挑戦していくようになると、飛込みの楽しさの裏にある怖さ、厳しさ、辛さを経験していくようになる。
今うちのクラブでがんばっている小学生3人トリオがちょうどそういう時期である(金戸ダイビングクラブだから、かねトリオと言われているらしい)。夏に向け、新種目に挑戦しているのだが、怖さに負けて板の上で飛ばずにねばってしまうことがある。「飛込みは大好きだけど、怖いのはイヤ、痛いのもイヤ」と中途半端な態度をとる。そうなると「飛ばないのなら、もう家に帰ってよろしい」などとコーチの口から鬼の言葉が出たりする。
ただの習い事ではなく、勝敗のつく競技スポーツをしていることを自覚し「強くなりたい」と思うようになってきたこの子たちだから、あえて厳しく接することがある。それはこの子たちに「がんばれる子」になって欲しいと思うからだ。だからいつも「あなたは、やればできる子だ」と言い続けている。目の前にある壁に「なにクソー!」と向かっていける力をつけて欲しいと思っているからだ。
ただ「飛込みが大好き」だったころから少し成長すると「大好き」という気持ちが「技ができたときの喜び、真っすぐに水に入ることができたときの喜び」に変わっていく。そして「上手くなりたい」と思うようになり、次に「強くなりたい」と願うようになっていく。そうなるころには山ほどの苦しいこと、辛いことの上にある「たった一つの喜び」があることに気づく。その「たった一つの喜び」はたった一本の成功演技だったり新しい技ができるようになることだったり目標の試合で勝つことだったりするのだが、その「たった一つの喜び」が、100ほどの苦しいこと、辛いことをかき消すような「大きな幸せ」だということに気づいていく。その「大きな幸せ」、つまり成功体験が次に待ち構える『新たなる壁』に立ち向かっていく「勇気」をくれるのだ。
まだ小学生くらいの選手には理解するのが難しいかもしれないが、選手を「がんばれる子」、つまり「がんばることのできる人間」に育てることがわたしの仕事だと思っている。飛込み競技なんて人生のなかで現役生活としてできても20数年がいいところだ。長い人生のなかのほんの一部である。「飛込み選手」を終えたあとの人生のほうがはるかに長い。
飛込み競技を通して「一生懸命がんばること」を身につけ、「わたしはがんばれる人間なのだ」と信じさせることができれば、きっと将来、大人になって社会にでたときに出くわす様々な困難なことに対して「なにクソ!」と踏ん張れるパワーを発揮することができるだろう。先へ進むための一歩を踏み出すため、背中を後押ししてくれる勇気を得られるだろう。そう信じて、わたしは今日も「あなたはがんばれる子よ」と言い続けたいと思う。
|